映画『ファーザー』に学ぶ、認知症当事者に「見えている世界」

2026.10.13

こんにちは。今週は少し箸休めとして、いつもの医療情報とは少し違った視点から、認知症をテーマにした名作映画『ファーザー』をご紹介したいと思います。

 

本作は2020年のフランス・イギリス合作映画。主演のアンソニー・ホプキンスが認知症の父親役を見事に演じ切り、第93回アカデミー賞で主演男優賞を受賞した秀逸な人間ドラマです。

 

 

■ あらすじ

ネタバレにならない程度にご紹介すると・・・

 

ロンドンで一人暮らしを送る81歳のアンソニー。彼は認知症により記憶が徐々に薄れ始めていますが、考える力や会話する能力はしっかりと保たれています。

 

ある日、彼は娘のアンが手配した介護ヘルパーを拒否。そんな折、アンから「新しいパートナーとパリで暮らす」と告げられます。ところが別の場面では、自宅に見知らぬ男性が現れ「ここは自分とアンの家だ」と主張し始めます。

 

時系列も人物の顔も不規則にすれ違い、不可解な出来事が次々と重なる中、アンソニーは懸命に頭を働かせ、現実に折り合いをつけようと抗いますが、やがて衝撃の事実にたどり着くことになります……。

 

 

■ 現実に折り合いを付けようと懸命に生きる姿

この作品のモデルとなっているのは、おそらくアルツハイマー型認知症の中等度くらいの方かと思います。

 

認知症を扱った映画や小説は数多く存在しますが、本作が決定的に異なるのは「記憶障害を持つ当事者から見た世界」を、観客がそのまま擬似体験できる構成であることです。

 

時系列のズレや人物の入れ替わりがまるでミステリーのように描かれており、観ている側も「あれ? さっきと言っていることが違う」「誰が本物なの?」と混乱させられます。

 

これこそが、まさに認知症のある人が日常で感じている戸惑いや不安そのものなのです。

 

 

■ 拒否の裏にある「本人視点の世界」

介護の現場では、介護者の親切心が本人にうまく伝わらなかったり、強く拒否されたりする場面が多々あります。

本作を観て私は、それを単なる「不機嫌や感情論」として片付けるのではなく、「本人視点で世界がどう見えているか」という症状の背景として丁寧に描き出している点に感心させられました。

 

そして、誰にとっても身近な問題である認知症をいたずらに特別視せず、一人の人間の尊厳として描き切っている点にも、深く共感させられました。

 

もちろん本作はフィクションですし、認知症の症状や原因、元々の性格は人それぞれ。全員が主人公のアンソニーと同じ経過をたどるわけではありません。

 

しかし、「介護を頑張っているのに、うまくいかない」「どうしてあんな態度をとってしまうのだろう」と悩んでいるご家族やヘルパーさん、あるいは記憶障害の理解に苦しんでいる方にとって、「拒否の裏には、本人なりの解釈や混乱がある」と気づく大きなきっかけになるはずです。

 

上映時間は約97分と比較的コンパクトで観やすい作品です。機会がありましたら、是非一度ご覧になってみてください。

 

 


 

■執筆者情報
この記事は、医療法人バディ公式LINE「ケアコミ」の内容を引用しております。

前田先生

医療法人バディ 認知症部門部長 

前田 順子(言語聴覚士・認知症ケア専門士)

2005年から都内の急性期病院に言語聴覚士として勤務。認知症疾患医療センター内での、入院ケア、認知機能検査、認知症カフェの運営等、認知症のある方やご家族のケアに携わった豊富な経験をもつ。

2020年より医療法人バディにて認知症部門立ち上げ。コミュニケーションを主軸とした認知症の非薬物療法に取り組む。ICTを活用した居宅支援「オンライン認知症ケアプラス®」、スターバックスとのコラボによる認知症カフェ「ウェルビーイング☆カフェ鎌倉」等の企画・運営を担当。

バディ

医療法人バディ https://buddymedical.jp/

2019年設立。横浜市、鎌倉市に3つの脳外科クリニックと認知症部門を展開。2023年より、居宅介護支援事業、訪問リハビリ。2024年より訪問看護部門を開設。