COLUMN
コラム認知症の薬の効果って?
佐々木真(仮名)さん、77歳が診察室で言うのです。
佐々木さん | 「先生、ちっとも薬が効かないんです」 |
認知症の薬って、どんな具合に効くか、想像できますか。
このシリーズの一貫したコンセプトのひとつが「自分ごととしての認知症」という視点です。糖尿病、高血圧、がん。これらの疾患の場合は無意識に「自分ごと」で語ることが当たり前ですが、認知症ではそうとも言い切れないのではないでしょうか。
例えば、みなさんはご自身が認知症になったら、どういう薬を飲みたいですか?
認知症の薬の効果を理解しないと、それが自分が飲みたい薬なのか、判断できませんよね。認知機能に効く、とはどのように効くのでしょうか。佐々木さんとの対話の形でご説明しましょう。
歳とともに衰えていくもの
私 | 「認知症の薬の効果について説明させてもらいます。ここに、グラフがあります。横軸が時間です。縦軸が、記憶とか注意とかそういった認知機能です」 |
佐々木さん | 「あ、なるほど。老化でも下がるんですね」 |
私 | 「そりゃーそうでしょう。体の劣化は、生まれ落ちた瞬間から始まっているのかもしれません。とくに中年を過ぎると、白髪は増える、髪の毛は抜ける、皮膚はたるみ、筋力は落ちる、脂肪は増える、気力が萎える、集中力も続かない。そういう体験が避けて通れませんね。 もちろん、年を取って経験を重ねることで獲得できるものもあります。たとえば、人間関係をまとめあげる高度な判断力は、若いときよりも力を持つことがあります。 でもここでいう認知機能とは、単純な記憶力とか、脳の基礎的な要素についてです。そういった基礎的な認知機能は、アルツハイマー型認知症になると、老化よりも速く低下します。そして『薬の効果』ですが、グラフの線をご覧いただくとわかるように、飲んでも悪化しているのです。 しかも、医者は遅くなっているかどうかを実感できない、というのがだいたいの、承認時の臨床試験の結果なんです」 |
私 | 「今日は、『ADAS』と呼ばれる検査を受けていただきます。グラフの❶が今日の測定。そして半年ぐらいして再度❷を測定します。 すると、この直線の傾きが計算できますね。薬を飲んでいない人々の傾きと半年ぐらいして比較して、薬が効いているのかどうか、薬の量を変えずにいくのか、増やすのか、などを一緒に考えましょう」 |
佐々木さん | 「ずっと少ない用量でもいいんじゃないですか」 |
私 | 「決められた量でないと、今言った臨床試験での効果が証明されていないんです。薬の用量は、半年、1年後が違うと証明された量だと言えます。 ただし、副作用が出ることもありますので、その場合には次善の策として減量、中止をしましょう。だからと言って諦めることはないと思います。 個人的な経験で述べますが、一旦減量しても飲み方を工夫することで、再び既定の用量に戻せる方もおられます」 |
なんのための薬なのか
「再び既定の用量に戻せる」といった最後の部分以外は、国が承認した結果しか説明していないのです。薬の効果とは、認知機能低下を遅らせることですが、それを知るためには、その薬に対応する認知機能を測定し、評価をしなければならなりません。
佐々木さんにとって、あるいは「飲めばすっと症状が消える薬」に慣れてきた私たちにとって、認知症の薬の効果のイメージは、少し違っているのがお分かりいただけたのでは、と思います。
そもそも薬は、「誰の」「なんのため」にあるのか。認知機能の低下を遅らせることが、本当に、それを飲む本人に役立っているのかどうか。薬を飲むのも本人。副作用で苦しむのも本人です。
自分ごとの認知症、といった文脈で、薬は重要な役割があると私は思います。より深く、丁寧に薬の意味を読み解き、認知症になってもよりよい生き方を模索できる一助となれば、ありがたいと思います。
自らが認知症になってよい社会と思えないと、薬がせっかくよい効果を発揮したとしても、その人の人生に価値をもたらさないどころか、苦痛を生み出す、という根本的な問題があります。薬の話って、本当はこの問題を語らなくてはいけないのです。